相貌失認がんばり隊

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日本に本当にあったヤバイ風習!蟻蜂の世界のような「おじろく、おばさ制度」

16~17世紀に長野県旧龍村地域に「おじろく、おばさ」という制度がありました。

「おじろく、おばさ制度」というのは中流家庭以上にあった制度で、長兄だけが社会生活を送り、弟妹はおじろく、おばさとして社会から断絶され、家庭内の労働力として一生を送る、という制度です。

おじろく、おばさは人付き合いも結婚もせず、行事にも参加しませんでした。下男、下女の扱いでした。だからといって特に虐待をされるわけではなく、家庭内の労働力として、長兄を支えて一生を終えます。そのため、おじろく、おばさは人付き合いが苦手で、無表情、無気力な人が多かったそうです。

(参考文献:ウィキペディア 「神原村(長野県)」)


おじろく、おばさ制度!


なんとまぁ、現代から考えるとナンセンスな制度ですね。

まるで蟻蜂の世界のようではありませんか?

例えるなら長兄は女王蜂(蟻)、弟妹達は働きバチ(アリ)といったところでしょうか。

一族繁栄のために一人だけ大切に生かされ、他は働かされる。

もしかしたら自然界ではよく見られる光景なのかもしれませんね。

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今度は私の実家の話をします。

私の実家はさすがに「おじろく、おばさ」ほどではないのですが、田舎ではよくある、いわゆる「本家」というものであったため、極端な「跡取り至上主義」が一般常識としてまかり通っておりました。

私の母は長女だったため、跡取りとして育てられました。

母の下の姉妹たちは、早くから県外へ出稼ぎへ行ったり嫁いで行ったりしましたが、母だけは外へ働きへ出ることも好きに結婚することも許されず、婿養子(私の父)が来るまでの28年間、ずっと家の手伝いだけをして過ごしてきました。

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いわゆる箱入り娘というやつですね。

母が両親から大切に守られてきた理由は、ただ一つ。

跡取りの男の子を産むこと。

しかし結婚後、長女(私の姉)が生まれ、その数年後「いよいよ本家待望の跡取り息子誕生か?」との周囲の期待を見事に裏切って生まれてきたのが、この私でした!

しかも親戚の家ではみな男の子が生まれているのに、なぜか我が家にだけには男の子が生まれませんでした。

母の絶望感やくやしさには想像を絶するものがあります。

そのためなのか、幼いころは親戚の集まりがあると、私は、髪は耳上で短くカットされ、ズボンは男の子用の半ズボンをはかされていました。

一方、姉の方はひらひらのワンピース、耳上のツインテール。

とても女の子らしい恰好をしており、私はなぜ自分だけが男の子みたいな恰好をさせられているのか全く分かりませんでした。

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このエピソードだけでも、母がいかに男の子を欲しがっていたのかが伺えます。
(逆に言えば、いかに跡取り息子を要求されてきたのかが伺えます。)

私が女の子であることは周知なのに、偽装してまで男の子を産んだことにしたかったのでしょうか?

しかしある時、私が必死で抵抗を示しため、それ以降は男の子の恰好をさせられることは無くなりました。

そして私が小学生5年生になると「跡取りは長女に決まっているから、あなたは大人になったら家を出て行くように」といわれることになるのです。(がびーん!)

ですが、結果として(人並みの苦労はありましたが)私はグレることなく平坦な人生を歩み、大切にされてきたはずの姉の方が紆余曲折の人生を送ることになりました。

そして姉の子供は姉妹二人、私の子供は長男、長女の二人。

母からすれば皮肉な結果となったのです。

そして今から数年前、「苗字を変えなくてもいいから、私の長男を跡取りにしたい」との申し出が両親からありました。

う~ん、それはできないな、とすぐに私は思いました。

私は前々から自分の子供には跡取りや家の事情に縛られず、自由に生きてもらいたいと思っていたからです。 この先、息子には転勤もあると思いますし。

自分の子供を、蟻蜂の世界に巻き込みたくない

 だから断りました。幸い彼らのひ孫達(私の姪の子供達)はまだ小さいけど、男の子ばかりだから大丈夫でしょう。


「おじろく、おばさ制度」の長兄は、生まれた瞬間から女王蜂(王様蜂というべきか?)として生きるように定められていて、果たして幸せだったのでしょうか?

自分の働き蜂として一生を終える弟妹を見ていて、何も感じなかったのでしょうか?

私は、跡取りとして両親から大切にされて育った母や姉を羨ましいと感じたことは殆どありません。(少しはありますが(笑))

それは幼いころから何となく、生き方を定められた母や姉が幸せそうに見えなかったからからかもしれませんね。

「あんたは自由でいいね」

過去に一度だけ姉からそう言われたことがあります。あれは姉の心からの叫びであり本音だったのかもしれませんね。


おしまいです。

ご精読ありがとうございました。

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