相貌失認がんばり隊

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男の子が欲しかった母、女の子に生まれてしまった私 それでもグレなかった理由

「本当は二人目は跡取り息子が欲しかったんだよ。」

私が小学校5年生になった時、母は私にそう言いました。

そっか。それでかぁ~。

私には4歳年上の姉がおります。つまり私は次女なのです。

「だからあなたが生まれた時、跡取りはマリコ(姉)に決めて婿をとればいい、ということになったんだよ。」

そっか。それでかぁ~。

私はこれまでの母の態度に納得がいきました。

私より姉の方がずっと大切にされている。

物心つくまえから何となくそう感じていました。
(なんと私は1歳くらいからの記憶があるのですよ)

ですが、そんな私を不憫に思ってか思わないでかは分かりませんが、祖父母は、特に祖父は、私をとても可愛がってくれました。

祖父母には月に1~2回くらいしか会えませんでしたが、祖父母の家へ行くたびに
祖父母は色んなものを作って待っていてくれました。

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缶詰の空き缶で作ったバケツ
手作りのソリ
子供用のかんじき
(雪の上をあるくための竹細工)
木の破片
かまくら
天井につるしたブランコ

これは祖父。

笹もち
おはぎ
イチゴのジャム
クワの実のジャム
古着で作った寝間着
温泉水で炊いた黄色いご飯

これは祖母。

そして祖父母は私を
畑や田んぼへ連れて行ってくれたり
山菜や草花の種類を教えてくれたり
昔話を聞かせてくれたりしました。

祖父母と過ごしていると、安心で、楽しくて、嬉しくて、心がじんわりと温かくなるのです。

ひょっとしたら私の両親は実はニセモノで、本当の両親は祖父母ではないのかしら、なんて本気で思っていた時期もありました。

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やがて私は大人になって結婚し、子供を産んで育て、そして子育てを終えました。

ぽっかり空いた時間にコーヒーを飲みながら私は思うのです。

子供って、月に1~2回程度でも温かい思い出があれば生きていけるんだな。

子供って、月に1~2回程度でも本物の愛情があれば育っていけるんだな。

子供って、月に1~2回程度でも安心できる場所があれば生きていけるんだな。



愛情って時間の長さや回数は関係ない。

愛情って密度なんだな、と思いました。

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男の子が欲しかった母、でも女の子に生まれてしまった私。

母には大切にされなかったけれど、祖父母との密度の濃い幸せな時間があったからこそ、グレることなく生きてこれたんだな、と思います。


私は祖母が56歳のときに生まれました。


あと数年で私も56歳になります。

今になって思い出すのは優しかった祖父母のことばかり。

今でも時折、あのときの温かみを思い出すのですよ。

そして未だに「ああ、祖父母に会いたいなぁ」と思ってしまう子供のような自分がいるのです。

私の一番幸せな思い出です。


おしまいです。

ご精読ありがとうございました。