相貌失認がんばり隊

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相貌失認の人が百ゼロ思考に陥りやすい理由

相貌失認人は、百ゼロ思考に陥りやすいと言えます。

百ゼロ思考とは、「白・黒」「悪い・良い」などで物事を極端に考える思考のことを言います。そのため「グレー」や「曖昧」と言う思考が欠落しており、完璧主義で苦しむ可能性があります。

相貌失認の人は、その見え方の特徴から、ミスをすることやできないことが多く、周囲から「怠け者・不器用・やる気がない・非常識だ」と批判されがちです。

 

 本当はそんなことはないのですが、見え方に問題があると、どうしても日常生活に支障が出てしまいます。危険を察知して逃げることもできません。

「こんなこともできないの?(わからないの?)」
「そそっかしいわね!」
「見ればわかるでしょ?!」
「ばかじゃないの?」
と頻繁に言われるようになります。いじめの対象にもなります。

例えば、相貌失認の人は距離感がつかめないため、よく手から物を落とします。
段差がわからないため、よく転びます。
風景全体が認識できないため、一見すればわかることも、認識できない以上、理解することができません。

それでもなお、小学生くらいまでは、何とか適応しようと頑張ります。ですが、頑張っても頑張っても叱られる日々が続くと、何かをするたびに「上手にできるかな、叱られないかな」とおびえるようになります。

そして注意に対して過剰に反応するようになります。

例えば、ソボがピアノを弾いているときに
「そこはもうすこし柔らかい感じで弾いた方がいいかもね。」
なんてうっかり言おうものなら大変です。すぐさま
「え?だめなの?」と過剰に反応し、その後は全くピアノを弾かなくなります。

どうも「ピアノを弾く=注意される」とインプットされてしまうようです。

このようなケースが多々ありました。少しでも注意されると、今まで大好きだったことでも全く行わなくなります。

こうしてソボの活動範囲がどんどん狭められ、趣味も減っていきました。

上手にできないと思われることには、全く手を出さなくなりました。また仮に手を出したとしても、少しでも問題が発生すると、すぐにやめてしまいます。もしかしたら抑うつ状態だったのかもしれません。チャレンジ精神なんてどこかへ飛んで行ってしまいました。

小学校低学年までのソボは、明るく好奇心旺盛で、何事にも一生懸命だったのですが、そんなソボの変わり果てた様子に、家族みんなが悲しみに暮れました。一体何が原因でどうしてそうなったのか、当時は誰にも見当がつきませんでした。

つまり相貌失認の人は、注意や叱責されることが多いため、百ゼロ思考の完璧主義になってしまうのです。そして完璧主義者の行き着く先は、無気力です。抑うつです。最初からすべてを諦めてしまいます。

もっと具体的に言うと、小さい頃からソボは、一生懸命周囲の言葉に耳を傾け、適応しようと努力してきました。その結果、百ゼロ思考の完璧主義になり、やがて疲れ果てて無気力になってしまった、というわけです。

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これまでのソボの努力や苦悩を考えると、胸が張り裂けそうになります。もちろん私自身も、整理整頓しろだの、身支度をきれいに整えろだの、ソボを叱責してきたうちの一人であります。私にも責任はあります。

現在ソボは4年前から相貌失認矯正メガネをかけて平穏な日常生活を送っています。整理整頓や身だしなみもできるようになり、風景全体も認識できるようになりました。どこにでもいる平凡な若者になりました。

もし周囲にソボと同じような症状の人がいたら、どうかじっくり話を聞いてあげてほしいと思います。もしかしたら何かの障害を抱えている可能性があります。もしかしたら表現がうまくできず、支離滅裂なことを言うかもしれません。ですが、必ず味方になってあげてほしいと思います。その人の心が壊れる前に。

ご精読ありがとうございました。