相貌失認の人はなぜ複雑性PTSDを発症しやすいのか
わが家には相貌失認の子供、ソボがいます。
ソボの様子がおかしくなったのは10歳頃ですが、17歳で相貌失認を矯正した後も、体調を崩す日々が続きました。そしてさまざまな医療機関で見て頂いた結果、20歳のときに漸く「複雑性PTSD」と診断されました。
相貌失認の人はその見え方の特徴により、ストレスフルな日常生活を送っています。そのため相貌失認の人は複雑性PTSD(注)を発症しやすいと言えます。
(注)PTSDと複雑性PTSDの違いについて
PTSD・・・・・・・・・命に関係するような強烈な心的外傷体験により、様々なつらい症状が持続する状態のことを言います。自然災害・事件・事故などで発症します。
複雑性PTSD・・・・・・一定期間、あるいは長期に渡る心的外傷体験により、様々な辛い症状が持続する状態のことを言います。いじめ・虐待・家庭不和・その他の強いストレスで発症します。
今回は、なぜ相貌失認の人が複雑性PTSDを発症しやすいのか、原因を考えてみたいと思います。
「9歳の壁」が原因
まず「9歳の壁」について
9歳以降の小学校高学年の時期には、幼児 期を離れ、物事をある程度対象化して認識することができるようになる。対象との間に 距離をおいた分析ができるようになり、知的な活動においてもより分化した追求が可能 となる。自分のことも客観的にとらえられるようになるが、一方、発達の個人差も顕著 になる(いわゆる「9歳の壁」 ) 。身体も大きく成長し、自己肯定感を持ちはじめる時期 であるが、反面、発達の個人差も大きく見られることから、自己に対する肯定的な意識 を持てず、劣等感を持ちやすくなる時期でもある。
また、集団の規則を理解して、集団活動に 主体的に関与したり、遊びなどでは自分たちで決まりを作り、ルールを守るようになる 一方、ギャングエイジとも言われるこの時期は、閉鎖的な子どもの仲間集団 が発生し、付和雷同的な行動が見られる。
引用元:文部科学省 3子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題
つまりこの時期の発達の特徴をまとめると、以下のようになります。
- 対象との間に距離をおいた分析ができる
- 自己肯定感と劣等感を同時に持つ
- 集団活動に関与し始めるため、付和雷同的な行動が見られる
例えば今までは「Aさんはサッカーをする人」だと思っていたのですが、この時期になると「Aさんは運動ができる人」に変わり、人の性質が分析できるようになります。
そのため相貌失認の特徴である「片付けができない・友達が覚えられない・運動ができない・手先が不器用(実際は違います)」といった性質が目立つようになります。またみんなが付和雷同する中で「周囲の動きに合わせられない」といった行動も目立ってしまい、違和感を持たれ、いじめの対象になってしまう可能性があります。
実際ソボはそうなりました。いろいろと怖い思いをしたようなのですが、風景全体が認識できないソボにとって、不合理な待遇を受けているのかどうかの判断がつきませんでした。学校ってみんなこんな感じなのかな?とあっさり現状を受け入れてしまったようです。
さらに悪いことに相貌失認ゆえに「自分をいじめた人が誰か?」ということも覚えられませんでした。「誰に」「どのような状況で」「どういうことがあった」ということがわからないため、親や先生に状況を伝えることができず、ソボはそのままガマンして学校へ通い続けました。ですがやはり相当なストレスが溜まっていたようで、次第に心の傷が深まっていったと考えられます。
(だる猫さんによる写真ACからの写真)
相貌失認の見え方が原因
相貌失認の見え方は過去記事にもありますように、注目した部分がインパクトを伴って、拡大されて見えます。
例えば友達が手を振り上げたとします。すると急に目の前に、大きな手がニュッと現れれるのです。これは本当に怖いと思います。我々は周囲の風景を認識できるため、人が次第に近づいてくる様子がわかるのですが、相貌失認の人はわかりません。どこからともなく急に目の前に、大きな手がニュッと視界に入ってきたら、誰でも驚くことでしょう。
このように相貌失認の人は、あらゆる対象物がインパクトを伴って、急に視界に飛び込んできます。毎日がドキドキの緊張状態であると言えます。
耳に頼る生活が原因
目が頼りにならない相貌失認の人は、耳を頼りに生活しています。そのため音に敏感になっています。目から入った情報よりも、耳から入った情報の方を強く記憶します。
例えばBさんに「あなた、馬鹿ね」と言われた場合、まず人はBさんの顔や表情を見ます。もしBさんが笑っていたら、冗談もしくは、親しみを込めて言ったのだ、ということがすぐに理解できます。ですが相貌失認の人はそうはいきません。表情や状況が読めない以上、「あなた、馬鹿ね」と言われたら、そのまま額面通りに受け止めてしまいます。悪口と冗談の区別がつかないのです。冗談はすべて悪口として記憶に残り、心に深い傷を残します。
危険な人を避けられない
相貌失認の人は、人の区別がつきません。人の表情も分かりません。そのため誰が安全で誰が危険なのかを判断することができません。普通に見えていれば逃げられるような場面でも、逃げようとしない、或いは安全な場所を探すことができない、身構えたり抵抗したりできないため、恰好のターゲットになってしまいます。人の区別がつかない以上、「人=怖い存在」と誤認識してしまい、比較的早い年齢から人間不信に陥ります。
まとめ
相貌失認の人が複雑性PTSDを発症しやすい原因は以下の4つになります。
- 9歳の壁
- 相貌失認の見え方
- 耳に頼る生活
- 危険な人を避けられない
実際ソボは、小学校低学年までは平和な学校生活を送っていたのですが、社会性が増してくる小学3年生頃から、徐々に周囲の目が厳しくなり、いじめられるようになりました。そしてそれと平行して、相貌失認の独特な見え方や耳に頼る生活が、次第にソボの心を蝕んていったと考えられます。
また身近に、キレやすい人の一人か二人は必ず存在します。ソボの場合は家庭外の人だったのですが、残念ながら身構えたり避けたりすることが全くできませんでした。まともに影響を受けてしまい、心に深い傷を残しました。
本来ならば親に助けを求められることもあったと思いますが、残念ながら相貌失認ゆえ、「誰が、どのような状況で、何があったが」ということが分からなかったため、説明することができませんでした。(いじめ話もソボ本人ではなく、他の保護者から聞いて発覚しました。)
以上のような生活が何年も続いたため、とうとうストレスに耐え切れなくなり、複雑性PTSDを発症してしまったのだと考えられます。
あとがき
生活に支障が出るほどの苦しい時期が10年ほどありました。その後、治療・療養に3~4年ほどかかりましたが、現在ソボは元気になりました。相貌失認時代に経験できなかったことを取り戻すには、まだまだ時間がかかります。ですが、今は何とか大学へ通って、アルバイトにも通っています。
家族が実際ソボにどのようなサポートをしてきたのか、そしてソボどのように元気を取り戻していったのかについては、いずれまた別の記事にてご紹介させて頂きたいと思います。ご精読ありがとうございました。